大久保栄次著 印刷書籍・電子書籍 エーゲ海ミノア文明・ミケーネ文明の遺産 遺跡と出土品詳細データ |
ミノア文明 主要出土品440点 第2巻 |
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・サブタイトル: 精密イラスト画による出土品からエーゲ海先史文明を旅する ・表記: 日本語 ・形式: e-book/Webダウンロード ⇒ PC・タブレット端末・スマートフォン ・サイズ: 414ページ(kindle画面相当) 容量415Mb ・販売: Amazonネットワーク/Amazon.co.jp |
内容概要: 本電子書籍e-bookは日本語表記、エーゲ海の先史ミノア文明遺跡から発掘された出土品の「精密イラスト画&データブック」です。内容ボリュームの都合上、「第1巻」・「第2巻」に分けて発刊しています。 本電子書籍はミノア文明センターであったクノッソス宮殿遺跡を初め、クレタ島各地のミノア文明遺跡からの主要出土品の内、一際優れた出土品440点をピックアップしています。解説する出土品の70%以上は精密イラスト画で、残りは写真で公開します。 本電子書籍はクレタ島イラクリオン考古学博物館を初め、首都アテネ国立考古学博物館を含め、各地の考古学博物館で展示公開されている出土品の中から、特に厳選した重要な作品を介して、ミノア文明の「工芸美術の世界」へ誘います。 なお、内容ボリュームの都合上、本電子書籍は「第1巻」、「第2巻」の二部構成となっています。 第1巻:容量455Mb I 宝飾品/金・銀・宝石 II フレスコ画 III 陶器/初期〜中期〜後期ミノア文明 第2巻:容量415Mb IV 印章&粘土印影 V 石製品 VI 線文字A・線文字B・絵文字 VII 青銅品&武器 VIII テラコッタ塑像&陶棺 IX 象牙品 X 農業&漁業 |
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サンプル・ページ:(抜粋) ---------- IV-1-02 カーネリアン製印章 「ライオンの雄牛襲撃」 ![]() 出土遺跡:ザフェール・パポウラ遺跡・共同墓地・横穴墓99号墓 表現:カーネリアン製・ビーズ形式の印章・雄牛の腹部を襲撃するライオン 年代:LMII期?紀元前1450年〜前1400年 展示:HAM・登録番号687/縦W約18mm 現地:クレタ島・中央北部 描画:大久保栄次 Sir Arthur John Evansの発掘ミッションにより、クノッソス宮殿遺跡〜北方1km付近、カイラトス川方向へわずかに傾斜する左岸のオリーブ耕作地エリア、南北約200m・東西約140mの規模、ザフェール・パポウラ遺跡Zafer Papouraの共同墓地区域から、後期ミノア文明に属する100基を数える墳墓が確認された。 横穴墓99号墓の埋葬室は270cm四方の正方形、頭部を西方へ向けた大人二人、そして子供と思われる遺体があり、被葬者は「三人家族」と断定された。男性と思われる遺体の頸部〜胸部には、カーネリアン製の印章を初めエジプト産スカラベ印章、金製・象牙・水晶・滑石(ステアタイト)・青銅製のビーズ類など合計19点が見つかった。 Evansは、これらの豪華な宝飾品は糸を通したネックレースであったと推測している。そのうち、外径17mm〜18mmのほぼ円形、カーネリアン製のビーズ形式の印章では、ミノア印章に顕著に登場するシーン、印面下部のライオンが逃げる雄牛を襲撃、下腹部に噛み付いている表現である。 サバンナ草原、バッファローを襲撃したメスライオン ![]() バッファローを襲撃 腹部に噛み付くメスライオン 場所:南アフリカ・クルーガー国立公園・サビ川流域 撮影:2017年 IV-1-04 カーネリアン製印章 「牛飼い&雄牛」 ![]() 出土遺跡:フェストス宮殿遺跡・カリヴィア共同墓地・横穴墓7号墓 表現:カーネリアン製・クッション形状の印章、牛飼い男性と雄牛 年代:LMIIIA期・紀元前1400年〜前1300年 展示:HAM・登録番号169/横L18mm 現地:クレタ島・メッサラ平野・フェストス宮殿遺跡〜北北東1.3km 描画:大久保栄次 GPS:35°03'14''N 24°49'42''E/標高60m メッサラ平野のフェストス宮殿遺跡〜東北東1.3km付近、民家10軒の小さなカリヴィア地区Kaliviaのわずかに南西側、1920年代にギリシア人考古学者S.N. Marinatosが発掘した、フェストス宮殿の共同墓地遺跡がある。確認された後期ミノア文明の10基以上の横穴墓からは、フェストス宮殿に関係する貴族階級と断定できる、高位な身分の人達の副葬宝飾品が出土している。 後期ミノア文明LMIIIA期・紀元前1400年〜前1300年に遡るとされる、横穴墓7号墓からはカーネリアン製の印章が出土した。横18mm・縦14mmの硬質素材、フラット系円筒型(クッション形状)の印面には、牛飼いであろう筋肉質で髭顔(ひげがお)の男性が左膝を地面に付けて、飼育している雄牛の角に手をやり、「コミュニケーション」をとっている姿が刻まれている。 表現モチーフが決して気取らないミノア人の日常生活の極普通の優しいシーンであり、この赤色宝石の長方形印章の所有者(被葬者)の人柄が連想できる遺品と言える。 IV-1-10 カルセドニー製印章 「野生ヤギと犬」 ![]() 出土遺跡:アルカネス遺跡 表現:カルセドニー製クッション形状の印章・イヌと崖上の野生ヤギ 年代:MMIIIB期〜LMIA期・紀元前1600年〜前1500年 展示:Ashmolean Museum, U. Oxford (UK) 登録番号AN1938-954/横L12mm・縦W15mm ※Sir Arthur John Evans寄贈(1938年) 現地:クレタ島・中央北部 描画:大久保栄次 出土場所のピンポイントは不明だが、Sir Arthur John Evansの発掘でアルカネス遺跡Archanesから出土、後に Evansによりオクスフォード大学・アシュモレアン博物館Ashmolean Museumへ寄贈とされた石製の印章がある。 カルセドニー製のフラット系円筒型(クッション形状)の印面には、崖下で吠えるイヌと崖上で余裕をもって見下げている野生ヤギが刻まれている。ややユーモラスなシーンだが、動物世界であり得る情景を観察した印章職人のシャープな感性が見て取れる作品である。 IV-2-01 動物脚骨製の印章 四面プリズム型Archanes Formula Script ![]() 出土遺跡:アルカネス遺跡・フォウルニ共同墓地・「建物6」 表現:動物の脚骨製・四面プリズム型印章(全14面)・動物・植物・両刃斧・抽象紋様 年代:EMIII期〜MMIA期・紀元前2100年〜前1900年 展示:HAM・登録番号2260/19mmx13mmx長さ57mm 現地:クレタ島・中央北部 描画:大久保栄次 1964年〜1972年、その後1990年代まで、アルカネス市街地の北方のフォウルニの尾根Fourniで体系的な長期の発掘ミッションが実施された。尾根のサイトは初期ミノア文明EMII期・紀元前2400年頃〜後期ミノア文明LMIII期・紀元前1350年頃まで1,000年以上、継続的に埋葬が行われた大規模なミノア共同墓地であった。 トロス式墳墓Bと付属コンプレックスの西側に6〜7部屋で構成された建物遺構があり、その最も東側の「建物6」と呼ばれる南北に細長い納骨堂からは、絵文字の刻まれた動物の脚骨製の印章が見つかった。 印章の外観は19mmx13mmx長さ57mm、細長い長方体の棒状の形容、四面プリズム型に分類され、長方体の上部がやや細い円筒状の摘みとなっている。素材は動物の脚骨を削り成形したもので経年劣化から風化が進んでいる。 摘み部分を含め合計14面、印章に表現されている具象は、動物や植物の葉、両刃斧・アンフォラ型容器、S字・Y字形・リボン風の抽象的な紋様など、視覚的にほぼ断定できる絵文字Pictograph/Hieroglyphと言える。 特に絵文字の印章出土例が顕著なアルカネス遺跡からの印章スクリプトを中心に表現モチーフを整理した研究者達は、この絵文字を《アルカネス・文字体系Archanes Formula Script》と呼んでいる。「ヨーロッパ最初の文明」であるミノア文明の線文字Aより早い、「ミノア文明で最も早く使われ始めた文字」、「ヨーロッパで最初の文字」とされている。 アルカネス遺跡・フォウルニ共同墓地 ![]() 遺跡:アルカネス遺跡・フォウルニ共同墓地 状態:ミノア文明の大規模な墳墓遺跡・プラン図 ・トロス式墳墓B&Γ墓・付属埋葬建物 現地:クレタ島・中央北部・クノッソス宮殿遺跡〜南方7km 地図:Google Earth・テキスト挿入 作図:大久保栄次 GPS:35°14'42''N 25°09'32''E/標高430m IV-3-01 粘土印影 「大人しく座るヤギ(orムフロン)」 ![]() 出土遺跡:クノッソス宮殿遺跡・西翼部・中央大階段 表現:印章=硬質石材?押印/粘土印影=座るヤギ6頭 年代:LMIIIA1期・紀元前1375年頃 展示:HAM・登録番号231/横L24mm 現地:クレタ島・中央北部 描画:大久保栄次 クノッソス宮殿遺跡Knossos Palace・西翼部、中央大階段の踊り場付近から複数の粘土印影が見つかった。そのうちの一つ、円形の印面には花を付けたパピルスの茎を中央水平線として、上面に同じ方向を向いた大人しそうな三頭の節角のヤギ(or ムフロン)が、下面にも三頭が上面とは反対向きで仲良く座っている。 IV-3-02 粘土印影 《Mother Goddess》 ![]() 出土遺跡:クノッソス宮殿遺跡・西翼部・聖域・神殿宝庫 表現:粘土印影 《Mother Goddess》 エピファニー表現:聖所・U型装飾・女神・ライオン・青年 年代:LMIIIA1期・紀元前1375年頃 展示:HAM・登録番号141・166・168/横L29mm 現地:クレタ島・中央北部 描画:大久保栄次 研究者から《Mother Goddess》と呼ばれる粘土印影は、クノッソス宮殿遺跡Knossos Palace・西翼部、聖域の神殿宝庫から少なくとも8点が見つかっている。 印影は火炎で焼かれた粘土であり、ボロボロ状態でそれぞれ大小の欠損があるが、印影が押されたオリジナル印章は横29mm・縦19mmの楕円形(オーバル形状)、神的要素を含む「神出(かみいずる)エピファニー表現」が刻まれていた。 印面の中央の丘では二頭のライオンの守護を受けた厚ぼったいスカート姿の女神が、権威の象徴である王笏(装飾杖)を掲げている。左側には複数の雄牛角U型オブジェで飾られた荘厳な聖所(or 神殿)があり、一方、右側には(欠損がありやや不明瞭だが)ロングヘアのミノアの青年が女神へ敬意を表している。 この印影の年代は、クノッソス宮殿が最終崩壊した時、後期ミノア文明LMIIIA1期・紀元前1375年頃だが、印章はそれより以前に製作されたはずで、紀元前1400年頃が妥当な時期となるだろう。 クノッソス宮殿遺跡・西翼部・聖域 ![]() 遺跡:クノッソス宮殿遺跡・西翼部・聖域 状態:一階レベル・プラン図(現在 立入禁止区域) 年代:MMIIIA期〜LMIIIA1期・紀元前1625年〜前1375年 現地:クレタ島・中央北部 作図:大久保栄次 クノッソス宮殿遺跡・西翼部・聖域・神殿宝庫 ![]() 遺跡:クノッソス宮殿遺跡・西翼部・聖域・神殿宝庫 (現在 立入禁止区域) 状態:奥側=西側の深い大型収納ピット ・中間=後世の浅い小型収納ピット ・手前=東側の深い大型収納ピット 年代:MMIIIA期〜LMIIIA1期・紀元前1625年〜前1375年 現地:クレタ島・中央北部 撮影:1982年 V-1-12 スパルタ玄武岩製リュトン杯 涙滴型・斑晶紋様 ![]() 出土遺跡:ザクロス宮殿遺跡・西翼部・宝庫 表現:スパルタ玄武岩製のリュトン杯・複雑な斑晶紋様 年代:LMIA期・紀元前1550年〜前1500年 展示:HAM・登録番号2712/高さH460mm 現地:クレタ島・最東部 描画:大久保栄次 最東部・ザクロス宮殿遺跡Zakros Palace・西翼部、宝庫から出土した素地が暗色系のスパルタ玄武岩製のリュトン杯は、表面の浮彫装飾もなく、細長い涙のしずくのようなシンプルな涙滴型、ミノア・リュトン杯の典型的な器形である。しかし、石材の持つ何とも言えない複雑なランダムパターン、斜長石と輝岩の配色と斑晶構造こそが、このリュトン杯の「装飾」に相当する最大のビジュアル効果を主張していると言える。 ザクロス宮殿遺跡・西翼部 ![]() 遺跡:ザクロス宮殿遺跡・西翼部一階レベル プラン図 年代:MMIIIA期〜LMIB期・紀元前1625年〜前1450年 現地:クレタ島・最東部/シティア市街地〜南東19km 作図:大久保栄次 GPS:35°05'53''N 26°15'40''E/標高5m ザクロス宮殿遺跡・西翼部・宝庫 ![]() 遺跡:ザクロス宮殿遺跡・西翼部・宝庫 状態:宝飾品保管の焼きレンガ枠(仕切り板) 年代:MMIIIA期〜LMIB期・紀元前1625年〜前1450年 現地:クレタ島・最東部 撮影:1982年 V-2-01 蛇紋岩製 《雄牛頭型リュトン杯》 クノッソス宮殿遺跡・中央中庭〜北西350m、研究者から小宮殿Small Palaceと呼ばれている大規模遺構から、蛇紋岩、または滑石・ステアタイト製の《雄牛頭型リュトン杯Bull-head Rhyton》が見つかっている。 そのほかでは、東部・北海岸のエーゲ海の小島・モクロス遺跡Mochlos・共同墓地、グルーニア遺跡Gourniaやパライカストロ遺跡Palaikastroなど町遺跡からは、かなりの点数のテラコッタ製の《雄牛頭型リュトン杯》も出土している。 ![]() 出土遺跡:クノッソス宮殿・小宮殿遺構Small Palace 表現:蛇紋岩(orステアタイト)製の雄牛頭型リュトン杯Bull-head Rhyton 年代:LMIB期・紀元前1500年〜前1450年 展示:HAM・登録番号1368/(角除く)高さ206mm 現地:クレタ島・中央北部 撮影:1982年 GPS:35°17'57.50''N 25°09'36''E/標高115m ![]() クノッソス宮殿遺跡&周辺 現地:クレタ島・中央北部 作図:大久保栄次 VI-2-02 線文字B粘土板 《二輪戦車》・《サフラン》 クノッソス宮殿遺跡・西翼部、聖域区域Sanctuaryの入口となる石製ベンチの控え室の南側一帯は、特に崩壊が激しい場所である。控え室の直ぐ南側に小部屋があり、さらに南側に正方形の小部屋が配置されていた。Sir Arthur John Evansの発掘作業では、この小部屋〜東隣の通路付近から、二輪戦車や馬や鎧(よろい)やサフランの花などが刻まれた線文字B粘土板が発見されている。 最も良く知られた線文字B粘土板 《二輪戦車Chariot》の表意訳では、「鎧をまとった湾岸労働者(人名)は、二頭立て二輪戦車を操縦する/Richard Vallane Janke (2016)」とされる。 ![]() 出土遺跡:クノッソス宮殿遺跡・西翼部・聖域 表現:ミケーネ文明の文字・線文字B粘土板 《二輪戦車》 年代:LMIIIA1期・紀元前1375年頃 展示:HAM・登録番号1609/長さL約100mm 現地:クレタ島・中央北部 描画:大久保栄次 出土遺跡:クノッソス宮殿遺跡・西翼部・聖域 表現:ミケーネ文明の文字・線文字B粘土板 《サフラン》 年代:LMIIIA1期・紀元前1375年頃 展示:HAM 現地:クレタ島・中央北部 描画:大久保栄次 VI-3-10 テラコッタ製 《フェストスの円盤》 ![]() 出土遺跡:フェストス宮殿遺跡・北翼部・旧宮殿時代の遺構 表現:テラコッタ製 《フェストスの円盤》 年代:MMIIB期〜MMIIIA期・紀元前1700年〜前1600年 展示:HAM/直径15.8cm〜16.5cm 現地:クレタ島・メッサラ平野 撮影:1982年 フェストス宮殿遺跡Phaestos Palaceの王家のプライベート生活区の東側には、中期ミノア文明MMII期・「旧宮殿時代」、あるいは次の中期ミノア文明MMIIIA期・「新宮殿時代」の初期に遡る、比較的古い建物群、おそらく工房の遺構が連なっている。 その一つの部屋で確認された泥レンガ枠の箱型列から、1908年、イタリア考古学チームによって「旧宮殿時代」の終わり頃、紀元前1700年〜前1600年に属する未解読文字である、《フェストスの円盤Phaestos Disk》が発見された。 工房区画の発掘では、石製印章や線文字A粘土板など、微細点も含めると1,000点以上の出土品があったとされる。直径15.8cm〜16.5cm、今からおよそ3,650年以上前に製作されたとされる円盤の両面には、人の顔や歩く人、魚や花など、絵文字に似た視覚できる不思議なスクリプトが刻まれている。 VII-1-02 装飾剣 金表装 ![]() 出土遺跡:ザフェール・パポウラ遺跡・竪穴墓36号墓 《首領の墳墓》 表現:分類=「Type-D剣」・青銅製の装飾剣・メノウ柄頭&金表装ハンドル 年代:LMII期〜LMIIIA1期・紀元前1450年〜前1350年 展示:HAM・登録番号1098/長さL610mm 現地:クレタ島・中央北部 撮影:1982年/描画:大久保栄次 Sir Arthur John Evansの発掘ミッションでは、緩斜面のオリーブ耕作地、南北約200m・東西約140m、ザフェール・パポウラ遺跡Zafer Papouraの共同墓地区域から竪穴墓Shaft Grave=33基、横穴墓Chamber Tomb=49基、ピット墳墓Pit Grave=8基、合計100基を数える無数の墳墓が確認された。 竪穴墓36号墓・《首領の墳墓Chieftain's Grave》から出土した、長さ610mm、平行縞模様のオニキス・メノウの柄頭の「Type-D剣」の中型剣では、グリップハンドルに三か所(大)、ショルダー部に二か所(小)、合計五か所のリベット留めがある。ハンドルの柄頭側には逃げ惑う野生ヤギの腰〜後脚を襲うライオンが、さらにショルダーにはライオンと野生ヤギが互いにけん制し振り返って見つめ合うシーンが、金製の打出し表現されている。 弱肉強食の野生動物の世界、強者ライオンと野生ヤギの互いの警戒から始まり、次の瞬間にライオンの猛襲が始まるという、狭いスペースながらも剣の装飾に「物語性」の要素が見え隠れしている素晴らしい作品である。 グリップハンドルの側面(青銅部分)には、同時に出土した金製リベット仕様の長剣と同様に、二列連鎖の渦巻き線紋様が刻印、さらにそれは延長されてショルダー部クロスガード(鍔)の側面にも二列連鎖の渦巻き線紋様が刻印されている。また、ブレード(刀身)の中央線は盛り上がりの強化リブ仕様、やはり二列連鎖の渦巻き線紋様が刻印されている。墳墓の被葬者は極めて高位の立場にあった「占領ミケーネ人」の男性であろう。 VII-2-01 青銅製両刃斧・祭祀用 大型サイズ ![]() 出土遺跡:ニロウ・カーニ遺跡・邸宅南区画・聖所 表現:青銅製・大型の両刃斧 年代:MMIIIA期〜LMIB期・紀元前1625年〜前1450年 展示:HAM/最大横幅L120cm 現地:クレタ島・中央北部 描画:大久保栄次 イラクリオン〜東方11km、北海岸に残るニロウ・カーニ邸宅遺跡Nirou Khani、舗装された東中庭の西側、二本円柱の奥が石膏表装の床面&石膏石の壁面・腰壁パネル施工の主玄関である。さらに西側の三本角柱を抜けると邸宅の中心的なスポット、石膏石の舗装&腰壁パネル施工の広間となる。 舗装広間〜南区画への連結ドアー口の直ぐ南側の通路から石製ランプが発見された。通路の西脇には階上への階段があり、邸宅は間違いなく二階建てであった。 通路の東側、石灰岩の床面の部屋が南区画で最も重要な場所、その隣の部屋からミノア文明の最も神聖な崇拝シンボル、最大横幅120cm、青銅製の両刃斧が見つかっている。祭祀用の大型両刃斧の存在は、南区画が「聖所」の可能性も含めた「神聖なる場所」であったことを連想させる。 ニロウ・カーニ遺跡・邸宅遺構 ![]() 遺跡:ニロウ・カーニ遺跡・邸宅遺構/別称=「高位祭司の邸宅」(1982年時点) 状態:二本円柱・主玄関〜舗装広間〜中央通路(狭い通路) ・舗装広間の左方(南側)=「聖所」区画 年代:MMIIIA期〜LMIB期・紀元前1625年〜前1450年 現地:クレタ島・中央北部・北海岸/イラクリオン市街地〜東方11km 描画:大久保栄次 GPS:35°19'51.50''N 25°15'03''E/標高5m VIII-1-01 テラコッタ塑像 《ミノア男性or兵士像》・《ミノア女性像》 ![]() 出土遺跡:パライカストロ遺跡・ペツォファ山頂聖所 表現:テラコッタ製・奉納品 《ミノア男性or兵士像》 年代:MMIB期・紀元前1900年〜前1800年 展示:HAM・登録番号405/高さH175mm 現地:クレタ島・最東部 描画:大久保栄次 出土遺跡:ピスコケファロ遺跡・丘上聖所 表現:テラコッタ製・奉納品 《ミノア女性像》 年代:MMIIB期・紀元前1700年〜前1650年 展示:HAM・登録番号9832/高さH264mm 現地:クレタ島・東部 描画:大久保栄次 東部地方シティア市街地〜南方3.5km、ピスコケファロ地区Piskokefaloでは、市街の南西の丘陵&ストミス川左岸から、中期ミノア文明〜幾何学文様時代に遡る複数の墳墓・岩窟墓・丘上聖所などが確認されている。 発掘では1894年にクノッソス宮殿遺跡の発掘者Sir Arthur John Evans、1931年にギリシア人考古学者S.N. Marinatos、1952年にはアテネ大学のNikolaos Platonがミッションを実施した。中期ミノア文明MMII期〜III期・紀元前1800年〜前1600年の丘上聖所からは、奉納された大量のテラコッタ製の男性&女性像、カブト虫形容の塑像などが出土した。 ![]() クレタ島・最東部・ミノア文明遺跡 作図:大久保栄次 テラコッタ製塑像 《ダンスを踊るミノア女性達》 ![]() 出土遺跡:ミノア文明最大の「庶民の街」・パライカストロ遺跡・ブロックΔ 表現:テラコッタ製塑像・《ダンスを踊るミノア女性達》、中央女性=リラの演奏 年代:LMIIIA2期・紀元前1350年頃 展示:HAM・登録番号3903 現地:クレタ島・最東部 描画:大久保栄次 GPS:35°11'42''N 26°16'32''E/標高10m〜15m ![]() 遺跡:パライカストロ遺跡Palaikastro・市街地・大通り ・ミノア文明最大の「庶民の街」のセンター(中心エリア) ・左=ブロック B/左遠方=Palako半島 ・右=ブロック Γ/右遠方=岩山Petsofa(山頂聖所) 年代:最初の居住=MMIB期・紀元前1900年頃〜地震・崩壊・再建 街の家屋=MMIIIA期〜LMIB期・紀元前1625年〜前1450年 現地:クレタ島・最東部 撮影:1996年 IX-1-01 象牙原木&加工品 《雄牛跳びをする人》 銅インゴットと並びミノア文明にとり極めて重要な原材料の象牙材料は、中東地域やエジプト文明から輸入され、そのほとんどは最東部のザクロス宮殿Zakros Palaceで陸揚げされた。 ザクロス宮殿遺跡の発掘では、西翼部からチョウや鳥など小動物を彫刻した象牙加工品(IX-1-10)、さらに先端部が火炎で焼けた加工前の輸入象牙の原木も見つかっている。 ![]() 出土遺跡:ザクロス宮殿遺跡・西翼部 表現:輸入象牙の原木 年代:LMIB期・紀元前1500年〜前1450年 展示:HAM 現地:クレタ島・最東部 描画:大久保栄次 GPS:35°05'53''N 26°15'40''E/標高5m 出土遺跡:クノッソス宮殿遺跡・東翼部・「デーモン印章の区画」 表現:象牙彫刻品・《雄牛跳びをする人》 年代:MMIIB期・紀元前1700年〜前1600年 展示:HAM・登録番号3/左手先〜足先=245mm 現地:クレタ島・中央北部 描画:大久保栄次 クノッソス宮殿遺跡・東翼部、Sir Arthur John Evansが業務用階段Service Staircaseと呼んだ木製の折返し階段付近から、象牙製の《雄牛跳びをする人Bull-leaper/-leaping》を初め、陶器や青銅製品、18点を数える粘土印影などが出土した。 特に少なくとも五点を数えるライオン頭の人間似の「怪獣 or 精霊」の粘土印影の出土(IV-3-08)から、Evansはこの階段周辺を「デーモン印章の区画Daemon Seal Area」と名称した。 象牙製《雄牛跳びをする人》は、クノッソス宮殿遺跡で見つかったほかの多くの出土品より幾分古い時代に属する作品の一つ、中期ミノア文明MMIIB期・紀元前1700年〜前1600年頃、「旧宮殿時代」の後半期に遡ると推定されている。希少価値の高い輸入された象牙の加工品、出土場所と伝統的な「雄牛跳び(II-3-01)」を表現した作品であり、ミノア文明を代表する傑作工芸品、クノッソス宮殿の宝物品の一つであったと言えるだろう。 残念ながら、《雄牛跳び》の男性の右手〜前腕〜肘上にかけての部分は失われている。しかし、男子体操競技・跳馬の伸身の「E難度ひねり技」の動作のように、今正に雄牛の背上を飛び越えるかのような身体の機敏な動き、前を見据えた頭の向きなどが極めてリアルに表現されている。バランスのとれたスリムな体格、ミノアの若者を表現した像は、「左手先〜足先=245mm」である。 X-2-01 ワイン用ブドウ搾りプレス装置 ![]() 遺跡:ヴァシイペトロン遺跡・ワイン醸造部屋 状態:ワイン用の「ブドウ搾りプレス装置」 年代:LMIB期・紀元前1500年〜前1450年 現地:クレタ島・中央北部 撮影:1982年 アルカネスの市街から地方道(Patsides=Vathypetron)を南方へ3km程登った標高500m地点にヴァシイペトロン邸宅遺跡Vathypetronがある。 邸宅は大繁栄の「新宮殿時代」の半ば、紀元前1500年頃に建造され、その50年後の紀元前1450年頃、ギリシア本土からの「侵攻ミケーネ人」の攻撃を受け破壊、その後に放棄された。 邸宅の南東区画、床面を石膏石で舗装された部屋から、配置に段差を設けた三器の大型容器と床面すれすれに切られた溝付きの溜り部分で構成された、ワイン用の《ブドウ搾りプレス装置》が発見された。ワイン造りの最初の重要な工程であるブドウの果粒を潰すための、いわゆる「足踏み搾りプレス容器」である。 ---------- ![]() |
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